子どもの成長と遊び①

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私がしてきた遊び

まずい・・・。いきなり私事からの書き出しをお許しください・・・。今回は子どもの成長と遊びについてあれこれ考えてみたいと思います。

みなさんはどんな遊びをしてきましたか?

私は友達と外で遊ぶことが多かったのですが、「鬼ごっこ」「ポコペン」「野球」「キックベース」「虫取り」なんかが日常の遊びでした。

家で遊んでいる時は「ブロック遊び(レゴブロック宇宙シリーズがお気に入り!)」

「サイコロペナントレース(六角の鉛筆2本にセパの球団名を書いて転がし、でた球団名が勝利。120勝したら優勝!)」なんて遊びをやっていました。

↑  ↑  ↑

これって、今思えば「確率」の勉強になっていたかも! 

ちょっと余談ですが「ブロック遊び」は「空間認知能力」を鍛えるのに最適と言われています。

空間認知能力が低いと日常生活において「動作ミス」が起きやすかったり、「運動が苦手」になったりすると一般的には言われています。

ちょっと余談になってしまうかもしれませんが……。私は「相手の気持ち」を考える時にも影響がでると考えています。

マグカップの見え方について考えてみましょう。

Mug Cafe Coffee Crown Drink Tea  - pormarco / Pixabay
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2人の人が対面で座っており、マグカップが真ん中に置いてあったとしましょう。その際、「とって」は自分の方を向いていたとします。

自分の方からは「とって」が見える状態です。

一方、相手からは「とって」は見えません。

相手の立場に立って考えることは、相手の達場からどう見えるのかを「物理的に立体を頭の中で回転させて」考えることができるかということだと思うのです。

私は幼少期に「レゴブロック」を誕生日プレゼントでよく買ってもらいました。そして、小5・6くらいの時は1日、2~3時間かけてじっくり遊んでいました(結構、変人レベルかも!?)。

もともと空間認知能力が低い私ですが、小学生の高学年くらいまでレゴブロックでよく遊んでいたために幾分鍛えられたと感じています。

おかげで日常生活はまずまずできているのは、ブロック遊びに没頭した少年時代のおかげかもしれません。💦(今でも方向音痴は絶望的ですが 笑)

うちの子は相手の感情が分からないのかしら??と悩んでいる保護者の方にはお勧めの「遊び」ですよ。

Book Old Book Reading Coffee Mug  - marijana1 / Pixabay
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そもそも遊びとは

ちなみに「遊び」は辞典にはこう書いてあります。

身体的・精神的活動のうち食事,睡眠呼吸排泄など直接生存のための活動を除き,仕事と対立する概念である活動をいう。仕事は他の目的達成のための手段であり,仕事自体は苦痛であることも,また強制されることもある。

それに対して遊びは活動自体が喜びや満足をもたらし,他から強制されず,自発的に行われ,通常まじめな目的や目標からの離脱が含まれている。

しかし,子供の活動には仕事と遊びの分化がなく,子供にとっては遊びが仕事である。遊びの活動を通じて新しい機能を獲得し,社会の習慣役割を身につけ,課業や仕事を分化させるようになる。

※大人が子どもに「遊んでばかりいないで勉強しなさい!」というのは少々微妙な所がありますね🤔思いっきり他から強制してます。子どもにとっては「遊び=仕事(学び)」なのですから。

したがって子供にとって遊びは心身発達に重要な役割をもつものであるが,成人にとっては日常生活や仕事から生じる緊張をやわらげ,気分を一新し,疲れを休め,新しい生活意欲を高める手段としての効用がある。

日本の芸能音楽用語。古くは「神遊び」などという言葉が示すように,神をもてなすため,あるいは神とともに人間が楽しむための神事やそれに付随する芸能全体をさしていたと考えられる。

その後平安時代にはやや限定的に楽舞を演じて楽しむことを意味し,「御遊 (ぎょゆう) 」ともいわれた。

当時の宮廷社会には,定められた年中行事儀式とは別に,「あそび」と称する響宴があり,そのありさまは『源氏物語』や『栄華物語』などの平安文学に叙述されている。なお,最も狭義には管絃合奏をさす。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

難しそうなことがたくさん書いてありましたが、要するに「遊び」は子どもにとっても大人にとっても大切なものだということですね。

Toy Harrypotter Boy Mood School  - chrismaguirang / Pixabay
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まずは一人遊びをとことん追求!

「遊び」は進化してくると次第に対象の永続性が獲得され、言葉やイメージなどにより象徴化ができるようになります。


イメージによって考えることができるようになりますが、概念に基づくような思考は初期のころはまだないと言われています。そして少しずつ「ごっこ遊び」「絵を描く」といった遊びが可能になってくるのです。

最初は「好奇心」を最大限に発揮して、とにかく没頭することだと思うのです。

「うちの子、放っておいたらずっとありんこ見てるんです。」「うちの子、ごっこ遊び?!なのかわからないんですけど、一人で何役もやってままごとやってます。」「うちの子、トミカの車輪が『回る』のを見てずっとにこにこしてるんですよ。」

彼らは没頭することで五感を使って「イメージ」で物事をとらえられるようになっていきます。これが「概念」でものを考える基礎となるのです。

好奇心 ⇒ 没頭  一人遊びでどんどん伸ばしたい力ですね😉

「善悪」を子どもに伝えるとき

Kids Emotion Emotions Mom Family  - anandart / Pixabay

さて、今回はものごとの「善悪の本質」と子どもにどう伝えるかについて考えてみたいと思います。子どもの価値観は親の「善悪の伝え方」が大きく影響を与えますと言うとプレッシャーになってしまいますかね💦

子育て中のお母さんの参考になれば嬉しいです。

●親が子どもによく言うフレーズベスト10●

10位 「片付けなさい」

9位 「ケンカしないで」

8位 「早く起きなさい」

7位 「おにいちゃんなんだから」「おねえちゃんなんだから」

6位 「言う事聞きなさい!」

5位 「勉強しなさい」

4位 「約束守りなさい(ゲームの時間など)」

3位 「やる気がないならやめなさい」

2位 「あんたのために言ってるのよ」

1位 「将来困るよ」

「結構、言ってるな~」と感じた方も多いのではないでしょうか。これらの言葉は果たして正解なのでしょうか。「善」「悪」が明確に決まっているものであればあえて考える必要もないと思いますが、そうではないのが悩ましいところです。

「勉強しなさい」って、親が子供時代に言われて嫌な言葉だったはずなのに、何故か子どもには言ってしまいますよね。笑

1~10位までどれも間違ったことは何一つ言っていません。ですが、子どもがその通りにしないことが必ずしも「悪」とも言い切れないのではないでしょうか。

Book Islam Muslim Quran Allah  - yscan / Pixabay
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善悪とは何か?

そもそも「善悪」とはどのように決まるのでしょうか。

一般的に「嘘をつく」事は「悪」とされています。親も子どもに「嘘をついてはいけません」と子どもに教えているはずです。

では、その教えに「根拠」はありますか?

物事はどこから見ているかで180°変わってしまいます。

幼稚園の先生「〇〇ちゃん、この部屋に来なかった?」

Aくん「来なかったよ。(ウソ)」

※〇〇ちゃんは昨日おうちで嫌なことがあり落ち込んでいたんだ。しばらく一人でいたいんだって。本当は〇〇ちゃんのいる場所を知ってるけど、先生には言うのやめておこう。

もっと例を挙げてみましょう。

「人殺し」は「悪」です。みなさん間違いなくそう思っているはずです。

ではこれはどうでしょう?

以下、ニュース記事

↓  ↓  ↓

トランプ米大統領は27日、ホワイトハウスからのテレビ演説で、米軍特別部隊の急襲作戦によって、バグダディ容疑者が自爆して死亡したと発表した。

事実だけを切り取ってみると、「人の家に勝手に上がり込んで犯罪行為をしていると思われる人間の言い分を無視して殺害した」という事になります。

アメリカという国に他国に特殊部隊を派遣して人を殺す権利をだれが与えたのでしょう。

(誤解しないでください。ISを応援しているとかテロが正義とは考えていませんよ。アメリカ批判の記事でもありません。あくまで「善悪」の決め方の例です。)

これは「善悪の判断」には根拠が無く、人間の強い意志が決めるという事実を示しています。

Toy Lego Toys Play Funny  - MikeWildadventure / Pixabay

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子どもの「感情」を大切にする

「やってはいけないこと」「みんながやっていること」は子どもだって認識しています。それでも「感情」が許さないくらい「やりたくない」んです。「ケンカ」しちゃうんです。

お母さん達が子どもに必死になって伝えようとしているのは「理性的な正しさ」とも言うべきものです。この世には、論理だけでは説明しきれない事が山ほどあります。

「こうやったら、子どもは〇〇するに違いない」

「こう声がけしたら、子どもはきっと〇〇になってくれるに違いない」

でも子どもは必ずしも親が思った通り育ってはくれませんし、親の言う通りやったところでその通りの結果がでる訳でもありません。

「お母さんの言う通りやったのに!」と子どもに変な言い訳の機会を与えることになってしまうこともあります。 ( ;∀;)

ここで大切なことが、親が何を基準にして「善」と捉えているかです。

前述した通り「善悪」は人間の意志が決めています。「殺人」ですら理由をつけて「善」に分類しているケースがあるくらいです。親が子どもに「善悪」を語る時に客観的な軸は実は存在しません。親が何を信じ、何を子どもに伝えたいかで変わって来るのです

「自分の子どもが不登校である」

これまで「善」とされて来ているのは「学校へ行くこと」「みんなと同じことができること」でした。親も当然これを踏まえて子どもに「善」と思われることを求める訳です。いわば社会が決めた「善」に縛られて子どもに向き合った状態です。

これは親が悪い訳でもありません。「同調圧力」に逆らって「世間の悪」を「善」だと言い切れる人なんてそうそう居るわけではありませんから。

※だから、新たな「善」を作るときは一人ではダメだと思います。仲間を作ってみんなで束になって向かって行かないと勝てません。おっと、これは別の話だ・・・。

学校に行きたくないという子どもの「感情」はそれとは真逆の方向に向いています。その状態の子に「善」と思われることを求めるのは、イコール学校へ行かない子どもの状態が「世間の悪」だと言っているに等しいのです。

ここで絶対的な真理は「人間は社会性動物」であるということです。

人間は何らかの形で他者と関わらなくては生きていけません。これは生物学上、間違いないこと。学校へ行かなくても「人と関わる」ことは普遍です。そこからその子の未来を考えていく事が重要です。

子どもの感情を100%受け止める ⇒ 他者との関わりを作る ⇒ 一緒に考える

この流れで「善悪を一緒に考える」事が、一番子どもに伝わると思います。

※ここで大切な事は根拠はないけど「親が子どもを100%信じ切っている状態」であることです。思い込みでいいと思います。それが事実となり子どもの中で「善」になっていきます。

「僕が不登校の時に親が自分を信じてくれたから、今 〇〇〇~。」

自分の行動が「善」と認めてもらった子は自信を持って生きていくことができます。

子どもを100%信じる仲間に、ぜひご一緒させていただきたいです。

Girl Graduation Sexy Woman Female  - photographybycarlossan / Pixabay
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子育てについて④

Children Smiles Fire Frolic Life  - Caoha / Pixabay

子どもは面白いものに興味を持つ

突然ですが、みなさんは好きなものは何ですか?何か興味があるものはありますか?これは先日、さざれいしで一緒に勉強することになった小学6年の子とのやり取りです。

オンラインでも実際の対面でも子ども達と講師の信頼関係はとても大切なものです。

子ども

「バレエを習っていたこともあるよ」「フラダンスもやってた」「今はドラムを習っているんだ」「猫を飼ってるんだよ」

わたし

「高校時代は野球部だった」「ミニバレーをやってたけど最近できてないな・・・」「音楽は最近、あいみょんが好き。でも、いいおじさんがあいみょんって恥ずかしいな。」

子ども

「自分が好きなものを恥ずかしいなんて思う必要ないよ」

なんて勇気づけてもらっちゃいました。彼女は自分の「好き」を大切にしている子なんです。

さて、今回は子育てと「脳科学」を結び付けながら「好きになること」が子どもの成長にとってとても重要であることをお伝えしていきます。

Learn School Nursery School  - geralt / Pixabay
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「脳科学」において「面白い」と感じることは・・・

ここからのお話は『素質と思考の「脳科学」で子どもは伸びる~林成之著』の内容を参考にさせていただきながらお伝えしていきます。

まず、人間の脳細胞には「仲間になりたい」「生きたい」「知りたい」という本能が「神経由来の本能」として刷り込まれています。この本能を理解して子ども達に接することがとても大切になってくるのです。

人間は集団で生きる動物(社会性動物)です。生きるために「仲間になりたい」という本能を備えており、無意識のうちに他人と仲良くしようとするのです。そのスタートとして幼少期は親や信頼できる人と「仲間」になるのです。

ここで子ども達は上手く「仲間」を形成できると今度は、その相手の興味・関心に意識が移っていきます。これを「同期発火(脳のある部位が興奮活動をすると神経伝達回路がその周辺に無くても興奮が順々に伝わっていくというもの)」の伝達と位置付けます。

例)誰かが悲しい思いをしていると、その近くにいる人も、2人の脳の神経回路がつながっているわけではないのに、悲しくなる。

確かにお父さんが釣り好きなので子どもも釣り好き、お父さんがアウトドア派だから子どももアウトドアが大好きという事がとても多く見られます。

この同期発火の原理を先生と子どもとの関係で考えてみましょう。先生が興味を持っているものを楽しそうに伝えていると子どもに同期されます。

そして、子どもは楽しそうに話す先生が魅力的に映り「好き」になります(仲間になりたい本能発動!)。逆も言えますね。仲間になりたいから、その人の興味・関心ごとに興味が湧いてくる。

そして、先生の興味は子どもの脳の中で同期発火し興味・関心を共有し理解もどんどん進むのです。

ポイント①

子どもの好奇心を育てるために

・大人が好きなものを子どもも好きになる可能性が高い

・どの子も「仲間になりたい本能」を持っている
(集団が苦手な子も多かれ少なかれ持っている)

ポイント②

子どもに好きになってもらうには?

 ~子どもに好かれる要素の例~
・物知り(専門的識がある)

・多趣味  
・会話が面白い、楽しい 

・安心感がある
・優しい   

・気分にムラがない
・いい話をしてくれる 

・叱るときは叱る など

Skills Can Startup Start Up  - geralt / Pixabay
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自己報酬神経群を伸ばす

もう一つ大切なことは「自主性」を育てることです。一般的に自主性は7歳~10歳の間に成長すると言われています(あくまで目安です💦)。

現在の日本の教育は「言われた通りにやる」ことに重点を置きすぎていて、それに慣れてしまった子ども達は総じて自分で考える力が低いです。

「自主性」は自分で考えたことを自分で成し遂げることが脳にとってのご褒美とする「自己報酬神経群」によって生み出されます。親がわが子に向かって「ああしろ、こうしろ」と言う事は子どもの自己報酬神経群の働きを阻害してしまうことになるのです。

山本 五十六(連合艦隊司令長官)の名言

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」

「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。」

「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」

は脳科学の観点から見ても信頼関係や自主性を重んじていることから、とても理にかなっているということができると思います。

「うちの子、本読まないんですよ・・・」と嘆く親御さん自身があまり本を読まない方だったりします。早めに読書好きな別な大人に預けた方が良いでしょう(ぜひ「さざれいし」に!笑)。

   

●最後に・・・

子ども達を本当の意味で伸ばすのは周りにいる大人たちです。「教えてやろう」という上から目線では子ども達はついてきません。

「甘やかすのは良くない。」という方もいらっしゃいますがちょっと意味が違いますね。😂

同期発火をたくさん起こせるようにまずは大人がわくわくする事が、子どもにとって一番良い影響があるようです。

これは一人の人間では無理です。

だって、何にでも興味・関心が旺盛で子どもを100%信頼しきって任せるパーフェクトな大人になりなさいと言われても無理ですよ。

だから、子育てはみんなでするべきなんです。

子育てについて③

Smiley Wink Funny Yellow Sweet  - Alexas_Fotos / Pixabay

~いい親でなければ!という幻想~

唐突ですが「世のお母さん達は本当にエライ!」と思います(もちろんお父さんも💦)。子どもを育てるって本当に尊いですし、難しいものです。

「愛情をこめて抱きしめると、優しい子どもになる」「寝る前に本を読み聞かせると、子どもは勉強好きになる」「添加物の入った食品を与えないようにする」などなど社会に出回っている「いい子育て論」。

一方でそれは、「親の育て方が子どもの人生を決める」というものすごく巨大なプレッシャーと表裏になっていると感じます。

「私は子どもに何もしてあげられていない……。」とか

「私がこんなだからこの子はこんな風になってしまった……。」

「いいお母さんになれていない……」などと自分を責めているお母さんのお話をたくさん聞いたことがあります。

1つここで問いかけてみたい事があります。

「いいお母さん」って何ですか?

子どもに文化や知識を伝えるのも、社会で一人前の大人として認められるよう準備を整えさせるのも、本当にすべて親の役目なのでしょうか?

Man Hands Silhouette People Hand  - AlemCoksa / Pixabay
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●親は神様じゃない

江戸時代末期の日本の識字率は50%を超えていたとも言われています。これは何を意味しているのでしょうか?

武家だけではなく一般の民衆も入れてこの数字です。それは教育というものを非常に重要視してきた表れであり、当時日本全国に1500以上あったといわれる「私塾」や15000を超えていたとされる「寺子屋」の存在が民衆の教育を「支えて」いたのです。

教育と一言にいってもいろいろあります。「家庭教育」「学校教育」「社会教育」のように家庭や学校、地域がそれぞれ果たす役割があります。

こう言われてしまうと『「家庭教育」の部分はしっかり役割を果たさなきゃ』とまた肩に力が入ってしまいそうですが、そんなことはありません。

「読書好きな子」に育って欲しいなら、周りに「読書好きな大人」がいなくてはなりません(これは私の持論。自分は好きでもないのに「~すべき」と言っても子どもには伝わりません)。

「うちの子本読まなくて困ってるんです。」と言っている親御さんが読書をしないことも多々あります。💦(そんな時は読書好きの他者に任せたらいいんです。)

「添加物の入っていない食品」を全て避けることはできますか?コンビニ弁当を買ってきて子どもに食べさせている時の意味不明な罪悪感……。😢

「愛情をこめて抱きしめると、優しい子どもになる」のは確かです。でも毎日子どもを抱きしめられる精神状態ですか?親だって人間です。難しい日だってそりゃありますよ。

私の経験談をここで一つお伝えしたいと思います。

あるご家庭のお話。

お母さんと6歳の息子の2人暮らしでした。

お母さんは家計のために夜のお仕事をされている方でした。息子さんは児童デイに通っており、私はよくそのお宅に送迎で通っていました。

お昼過ぎにお迎えに行くとお母さんはいつも寝ていました。無理もありません。だって朝方3:00くらいまで勤務して自宅に戻るのは5:00くらい。起きて子どもを送り出せというのも酷な話です。

その6歳の息子はいつも寝ている母親に向けて「行ってきます。」と声を掛けますが返事はありません……。そんな毎日でした。

ある日、当時勤めていた施設に児童相談所から電話が来ました。「そちらに通っている〇〇くんですが、こちらで保護していますのでしばらくそちらに通えません。」

お母さんが子どもに手を挙げてしまったらしくDV案件として処理されてしまったのです。

「あの子は今いったいどんな気持ちで児童相談所に保護されているのだろう・・・。」

ショックでした。胸がつぶれそうでした。

数か月後、その子は親と離れて「事情があって親と離れて暮らしている子」が暮らす施設に入りました。そして、児童デイの通所も再開できることになりました。

久しぶりにその子に会える日。どんな表情をしているかとても気になりました。親と離れてくらして「捨てられた」と自暴自棄になっているのではないか。ふさぎ込んでいるのではないか。

ですが予想に反して実際に会ったその子は明るく、いい表情をしていました。

「先生、久しぶり!」

私は声がでませんでした。

暮らしている施設のスタッフさんが愛情をたくさん注いでくださったのだと思います。その子の施設での様子をお聞きするまでもなく、表情が全てを物語っていました。

もちろん、親でなくては注げない愛情もあるのだと思います。孤独な時もたくさんあるのだと思います。でも、他人だからこそ注げる愛情もあります。他人だからこそ言ってあげられることもたくさんあるのです。

子どもの教育は親が抱え込んでやるものではないと思います。

Hands Received On Light Heart  - geralt / Pixabay
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●自分も地域教育の担い手になるという意識

文部科学省でも地域教育や学校教育との連携について方向性を明確に打ち出しています。子どもを育てる環境は「みんなで作る」ものなのです。

現代の日本社会は核家族化が進み「わが子」以外の教育には関心を持ちにくい状況です。「ひと昔前は近所の頑固おやじによく怒られたんだよ。」なんて話を聞くこともありますが、私自身も記憶にほぼ残っていません。

みなさんは知らない子がゴミを捨てているのを見て注意できますか?

結構ハードル高いですよね。

自分はそんな偉そうなこと言えるような社会規範を身に着けている人間ではない。と自分自身の問題に入り込んで言うのをやめてしまいます。

地域教育を考えていく時に「わが子」以外に関心がない状態では何も前に進みません。こう考えるとても難しい事になってしまいますが、大きなことは出来なくても良いと思います。

すれ違った近所の子に笑顔で「あいさつ」をする。くらいの小さな所から始めていくのがいいでしょう。

自分の子育てを他の人と共有するためには、自分も地域の子どもを育てる感覚をもてると良いと思います(いろいろシェアする時代ですから 笑)。

また、私自身も今後も地域教育についていろいろと勉強していきたいと思います。

文部科学省へのリンクはこちら

↓  ↓  ↓

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1364831.htmhttps://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1364831.htm

子育てについて②

Mask Protection Child Mother Virus  - mohamed_hassan / Pixabay

~他と比べて優れている必要はない~

「先生、うちの子運動会でずっとみんなと一緒にいられたの!」こう言って涙ぐみながら興奮気味に私に報告してくれるお母さんがいます。

今回は子育てでついつい追いかけてしまいがちな子どもの「優秀さ」について書いてみようと思います。

●親は子どもが優れていて欲しい

お母さんたちとお話しているとよくこんな話になります。

「うちの子、しゃべり始めるのが早かった。」

「うちの子6年間、運動会の徒競走でずっと1位だった。」

「うちの子はテストで学年5位には必ず入っていた。」

「うちの子は〇〇大学に合格した。」  などなど

誰と話していても何かの折に出てしまいますね。笑

そりゃそうです。誰だって自分の子どもはかわいいですから。人より優れた結果がでればついつい親バカになって、他人に話してしまいますよ。

でもこれ、ちょっと危険も含んでいるんです。

子どもが成長していく段階で最も大切なのは、母親からの愛情を十分に受けていると「本人が自覚していること」です。

幼少期に「親が結果に対して喜んでいる」様子を見すぎると、「自分が優秀だと親から愛される」と錯覚してしまう事があります。

もちろん人間ですから、全て優秀なんてあり得ません。

でも子どもにとっては「できない」ということは、一大事なのです。だって親から愛情を受けることができなくなるんですから。

こうして植え付けられた心根を「できるできないマインド」と名付けました。「できるできないマインド」がセットされた子どもは「できない」事に対して強い恐怖感があります。そしていつしかできない自分を否定するようになってしまうのです。

親は子どもの「できる」事を必死に探し、子どもはそれに応えようとする。

「その子らしさ」を「できること」だけで作り上げようとすると、親も本人もとても苦しいですね。「できること」が無いと「自分がない」事になってしまうんですから。

People Woman Mother Little Girl  - MirceaIancu_CandidShots / Pixabay
MirceaIancu_CandidShots / Pixabay

●エリクソンの発達段階

●5歳~12歳(児童期):勤勉性 vs 劣等感

この時期には幼稚園や小学校などの集団で生活するようになり、同じ年齢の他人と自分を比べるようになります。周りの友人などを見ていて、自分が劣っていると感じる場面もあるはずです。前述した通り周囲と比べるのは、本人はもちろん親もそうなってしまいがちという所がポイントです。

しかし、自分は劣っているからと諦めるのではなく、負けないように自分も頑張ろうと努力することで劣等感がなくなる場合もあります。そして自分にもできるんだという「有能感」を得られる場合もあるのです。しかし、このサイクルが上手く回る子とそうでない子がいるのもまた事実です。

勤勉性により成功体験ができると自信がつき行動を継続するようになります。しかし、「できない」が勝ってしまうと「劣等感」優位の心理状態に陥り行動に移すことが極端に難しくなっていきます。

Seagull Bird Cumulus Clouds Sky  - JanetRDominguez / Pixabay
JanetRDominguez / Pixabay

●「できるできないマインド」では「自分らしさ」を作れない

「子どもの優秀さ」に100%無頓着になることは不可能です。

では何を大切にしていくと良いのでしょうか?

私は「子どもの好きか嫌いか」を大切に子育てをしていくと良いと思います。特に好きなもの中心=「好奇心」です(嫌いなものも決して否定しない)。

「好奇心」は生物が生き残るのに重要なホメオスタシス活動の一部と言われています。

生物は常に、自分と環境との間で情報のやりとりをし、環境に何らかの変化が起これば、すぐに対応して、生体としての恒常性を維持しようとします。これがホメオスタシスであり、生き残るためには不可欠な活動です。

大人でも、「好奇心が強い」と言われる人たちは、見えないものを見ようとしたり、貪欲に知識を仕入れたり、やったことのないことに積極的に取り組んだりします。

それらの根底にあるのは、「生き残るために、自分の周りにあるもの(環境)をできるだけ知っておきたい」という本能的な欲求であり、それを「好奇心」と呼んでいます。

「学ばない」というのは生物学的に死んでます。大人もしっかり学びましょうね。

歳をとると好奇心が衰えるのは、「自分という個体が生き残ることをやめよう」という本能が働くからです。笑

私なんて好奇心だけでこの年でサイトを立ち上げてブログ書いちゃってますから。☺

「ドメインってなんですか?」「サーバーってなんですか?」状態なのに……。よくやるなと我ながら思います。

余談ですが「私は主婦こそブログ書けばいいのに」って個人的には思ってます。だって女の人って放っておいても何時間も平気でしゃべるじゃないですか。💦

さて、子ども達はこれからを生きる存在です。

できることを喜ぶよりも、本人が楽しんでやっていることに共感して一緒に楽しめると一番いいですね。

●最後に…

冒頭に述べたお母さんの言葉。

「先生、うちの子運動会でずっとみんなと一緒にいられたの!」

これ、実は我が子が発達障害と言われて子育てに悩んでいるお母さんの言葉です。何気ない事が嬉しくてたまらないんです。泣けてきちゃうんです。

子育てで追いかけがちな「優秀さ」。ここはほどほどにして、ぜひ子どもの「好奇心(好き)」を一緒に楽しんでください。

Nottingham Goose Fair Amusement Fair  - Nottmpictures / Pixabay
Nottmpictures / Pixabay

子育てについて①

Road Sign Mother Child Attention  - analogicus / Pixabay

~安心感の中で子どもを育てるには~

今回は子育てについて書いてみようと思います。

私自信は娘が2人おりいずれも成人し社会へと巣立って行きました。親としては嬉しい気持ちと寂しい気持ちが半々……いや3:7くらいで寂しいです 笑

さて、私は児童デイサービスに勤務していたことがあります。児童デイサービスとは発達障害と言われる(個人的には発達障害の定義に疑問を持っています)子どもたちが通う「療育施設」と呼ばれるところです。

そこに通う子達は様々な「個性」を持っています。お母さんたちは自由な子ども達の行動に困り「社会にもう少し上手く馴染んで欲しい(全員ではありませんが)」と願って来所してきます。

子どもの状況は色々で、

1、幼稚園で友達をたたいてしまう

2、興味・関心が偏っている

3、言葉が遅い

4、指示が通らない

5、運動が苦手

(バランス感覚が極端にない)

6、特定の感覚が過敏すぎる  など

他にも挙げればきりがありません。   

お母さんたちは基本的に我が子への深い愛情を持っています。初めて相談に来たお母さまと話す際に「お母さん、今まで本当に頑張ったね」と何気ない言葉をかけただけで泣いてしまう方もいます。「我が子を愛している気持ち」と「素直に子どもに向き合えない気持ち」が心の中でぐちゃぐちゃになって涙が止まらなくなるんだそうです。

ここでは施設での経験や学びを通じて分かったことなどをまとめてみたいと思います。

Skills Competence Knowledge Success  - PCB-Tech / Pixabay
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●エリクソンの発達段階

保育士さんは学生時代に必ず勉強するエリクソンの発達段階。

エリクソンが提唱した発達段階は「心理社会的発達理論」と呼ばれており人間の一生を8つの段階にわけ、その段階ごとに心理的課題と危機、課題達成により獲得する要素などを分類したものです。(文献によっては多少単語の違いもあります。)

人間は、生涯どの時期においても発達し、どの段階においてもクリアすべき課題とクリアするための障害となるものが存在し、障害を乗り越えた時に得られるものも定義されています。また、発達段階で関わる人物や具体的に何を通して課題をクリアしていくのかということもまとめられています。

人間も動物なので固体差があります。エリクソンが区切った年齢で全て分類できるわけではありませんが、その子の状況を理解するのに手助けになると私は思っています。


●0歳~2歳(乳児期):基本的信頼感 vs 不信感

乳児期には、母親と過ごす日々の中で様々な感情を持ちます。

例えば、不快、不安、恐怖などの感情です。その中で、母親がしっかりと不快や不安のような負の感情を取り除くことより、母親に対する基本的信頼感を得ることができます。

これは基本的信頼が10で不信感が0であればOKという訳ではありません。不信感0の人間ってまずいですよね。知らないおじさんを信じてほいほい付いて行ってしまいます。これは危険です。

私の経験上、発達障害と言われる子は「不信感」に偏っているいるケースが非常に多いです。

「〇〇くん、今日もお友達ともめたらしいよ」「お母さん、今日〇〇ちゃんお絵かきの時に自分の画用紙をびりびりに破いてしまったんです…。」「みんなでお出かけの時にどうしても帽子を被ってくれなくて…。」

こんな事ばかり周りから言われているお母さんは我が子を信じる気持ちが揺らいで行くのです。子どもにとっては絶対的信頼を置いているお母さんが揺らぐとどうしても「不信感」の割合が高まってしまう事も多くなってしまいます。

だからこそお母さんの余裕ができる環境を作ることは大切です。「子どもをただただ抱きしめてあげる」とtwitterで書いている方がいらっしゃいましたが、とてもしっくり来ます。ただただ抱きしめてあげる環境を整えるだけで子どもの発達は180°変わります。.

基本的信頼感を獲得することができた子どもは、希望を持ち、今後出会う様々なものを「信じる」ことが可能になります。それに対し、基本的信頼感を得られなかった場合、負の感情は消えず、基本的不信感を持ち続けることになります。

実はこれ、何も発達障害と言われる子にだけ起きる事ではありません。

Depression Tension Woman Loss  - hassanaasi / Pixabay
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●基本的不信感の状態になっている子が多い!?

発達障害の子に起きやすい「基本的不信感」を強く持った状態ですが、実はどの子どもにも起き得ることです。

現代の日本社会は過度なストレスにさらされています。「他人に迷惑をかけてはいけない。」が形を変えて「他人と同じことができる」事がとても価値の高いことの様に錯覚させる教育になっている様に思います。

そして人と違うことを言ったり、やったりした瞬間に周囲から一斉に責められる。ネットでの誹謗中傷も昨今問題になっていることは象徴的なできごとではないでしょうか。

そんな社会の中で子育てしていると、どうしても子どもを信じる気持ちが弱くなってしまいがちです。

これはお母さん達の育て方の問題ではなく社会全体の問題ではないでしょうか。

<基本的不信感が高い人の特徴>

1、自己肯定感が低い

2、人とのコミュニケーションへの抵抗感が強い

3、勝ち負けで判断する

4、人を信用しない

5、間違いを認められない  など

●他人に迷惑をかけてもいい

私はあえてこれを1つの価値観として拡めたいと思います。

人間は一人では生きられません。欠点が無い人間は一人もいません。自分の「できないこと」が人の頑張りや優しさを引き出すことがあります。

以前TVのドキュメントで見たある夫婦のお話です。

旦那様はとてもおっとりした方、奥様はとてもちゃきちゃきした方で、のんびりした旦那様に対していつもこう思っていたそうです。

「私がいないとこの人は何もできない。私がこの人を生かしてあげてるのよ。」と。

元気な奥様でしたが、ある時ガンである事が発覚しました。

病院のでつらい抗がん剤治療を受け、ベッドに横たわるだけの日々。そんなつらい日々の中で奥様はあることに気が付きました。

「私があの人を生かしてあげているの。」なんて思っていたけれど大間違いだった。私が毎日頑張れたのはあの人が「できない」から。「生かされているのは私の方だった…」

奥様は心からの感謝を旦那さまに伝え息を引き取ったそうです。

迷惑を考えない人になれというのではありません。

その人が迷惑かも?と思っていても実は相手を活かしていることだってたくさんあるのです。それを感じられるから、今度は自分が誰かに貢献したいと思えるのではないでしょうか。

迷惑かけたっていいじゃないですか。

Family Happy Baby Mother Father  - Radoan_tanvir / Pixabay
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